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東京地方裁判所 昭和42年(ワ)1375号 判決

原告 日本スキヤナー株式会社

右代表者代表取締役 新藤広貞

右訴訟代理人弁護士 原長一

同 大塚功男

同 佐藤寛

被告 学校法人 城北学園

右代表者理事 近藤薫明

右訴訟代理人弁護士 田辺恒之

同 田辺恒貞

同 高氏佶

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者双方の求める裁判

一、原告

(一)  被告は原告に対し、金三、三五五、四四〇円及びこれに対する本訴状送達の日の翌日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

(二)  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決および仮執行の宣言を求める。

二、被告

主文同旨の判決を求める。

第二原告の主張

一、請求原因

(一)  原告は肩書地においてX・S・ポールP・D・I・カラースキヤナー(原子色分解機)(以下本件機械という。)二台を使用して印刷用カラー原稿の色分解を業としている。

(二)  被告は鉄筋コンクリート株式会社(以下鉄筋会社という。)に対し、原告の右営業場所から約二〇メートル離れた新宿区市ヶ谷左内町二九番地に新宿予備校学生寮を新築する工事を請負わせ、鉄筋会社は昭和四一年七月三一日から右場所でパワーショベルを使用し土掘工事を、ついでシートパイルを使用しての抗打工事(以下これらの工事を本件工事という。)を行ない同年一〇月四日頃これを終えた。

(三)  原告は、右工事期間中、工事によって生じた震動の為本件機械を使用した製品(フィルム)に筋があらわれその為に右製品は完成品としては到底使用できないので、多大の損害を受けた。

(四)  鉄筋会社は右のように本件工事により震動を生ぜしめよって原告に損害を与えたことにつき自ら故意過失なきことを主張立証しない限り損害賠償の責めを免れないものであるが、仮にそうでないとしても次のような事情から故意又は過失がある。

1、本件工事現場付近は家屋密集地域であり、本件工事が通常震動を伴い近隣の事業に損害を及ぼす危険性を有するものの、相当の工法を用い相当の施行日時を選定し損害防止設備を施せば損害の発生を防止できるのであるから、鉄筋会社はかような配慮をすべき注意義務あるにもかかわらずこれを怠ったか、もしくは故意に右措置をとらなかった。

2、本件工事現場から原告までの距離は約二〇メートルしかないから鉄筋会社は原告に対し工事着工のさい震動が生じる旨事前に通告し損害発生の有無を調査しその防止のため相談する等の機会を原告に与える等の方法をとってからのちに、工事を着工すべき注意義務あるにもかかわらず、かかる措置を全然とらなかった。

3、鉄筋会社は本件工事開始後ただちに(おそくとも同年八月二日までに)原告から本件工事による震動のため原告の事業遂行が不可能になった事情につき通告をうけ本件工事の中止を要請されたにもかかわらず、何等の処置をとらずに本件工事を継続し強行した。

4、かりに、鉄筋会社がいかに相当な設備をしても損害発生を防止できなかったとしても、損害の重大性にかんがみ、鉄筋会社が損害発生を予見しながら工事を強行した以上これに故意過失の責めを負わせるべきである。

(五)  よって鉄筋会社は原告に対し右不法行為により生じた損害を賠償する義務を負うところ、原告は右工事期間中の六六日間右震動による本件機械使用不能のため、一日当り本件機械賃料三〇、〇〇〇円、人件費一四、三四〇円、電力料金四〇〇円、設備償却費六、一〇〇円、合計五〇、八四〇円、右期間中合計三、三五五、四四〇円の損害をこうむった。

(六)  1、被告は本件工事前鉄筋会社に対し右会社が本件工事により近隣に負担する損害賠償義務一切を引き受ける旨約していたので、被告代理人弁護士田辺恒貞および高氏佶は、昭和四一年一〇月四日東京地方裁判所において申請人原告、被申請人被告および鉄筋会社間の同庁昭和四一年(ヨ)第七八四八号右工事禁止仮処分事件の審尋のさい原告に対して鉄筋会社の負担する右損害賠償債務につき債務引受をする旨の意思表示をした。

2、仮りにしからずとするも、被告は本件工事の震動が近隣に及ぼす損害を知り又は知り得たのであるから工事の注文者として本件工事施行につき、鉄筋会社に注意を喚起し、近隣に対する損害を防止するため調査を行い、防止の為適当な処置をとらせるべく努力すべき注意義務がある。それにもかかわらず被告は以上の点に全然注意を払わず原告から前記のとおり苦情が出た後にも何等の措置をとらず鉄筋会社に工事を強行させた。したがって、被告は工事の注文および指図につき故意又は過失がある。

(七)  よって、原告は被告に対し三、三五五、四四〇円及びこれに対する本訴状送達の翌日から完済まで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二、抗弁に対する答弁

争う。

本件機械は通常のショックであれば、機械自体にこれを除去する装置があり何ら差しつかえないのであるが、本件工事による震動は到底これに対処しきれない程大きなものであった。従って原告には損害発生につき過失はない。

第三被告の主張

一、請求原因事実に対する答弁

(一)は不知。

(二)の事実中、土掘工事期間は昭和四一年八月二〇日から同年九月一六日までおよび同月二一日から同月二四日まで、杭打工事は同年九月九日から同月一六日までおよび同月二一日から同年一〇月四日までである。その余の事実は認める。

(三)は不知。

(四)は争う。鉄筋会社は土掘工事および杭打工事につき通常の工法を使用し、騒音、震動防止のためシートをかぶせ、騒音、震動の影響が懸念される近隣を訪問し調査あいさつをしているから、必要な注意を払ったものである。

(五)は不知。かりに損害が生じたとしても住居密集し鉄筋ビルの多数存立する場所に位置する原告は、社会生活上これを受忍すべきである。

原告主張の損害は通常生ずるものではなく、鉄筋会社の予見できない事項に属する。

(六)のうち1は原告主張の仮処分事件においてその主張の日に審尋期日が開かれ、被告代理人田辺、高氏が出頭したことは認め、その余の事実は争う。被告と鉄筋会社との工事請負契約によれば、本件工事により第三者に対して損害を与えた場合には、すべて同会社が賠償の責を負う旨定められている。2は争う。右主張は故意又は重過失により時機に遅れた攻撃防禦方法であるから却下されるべきである。原告は裁判所あるいは被告からの再三の釈明にもかかわらず訴訟提起以来三年七か月余にわたり右主張をせず全証拠調べが終了した時点になって右を主張したのであり、訴訟の完結を遅延することになる。また被告は原告主張のような注意義務を負わないし、故意の責めもない。

(七)は争う。

二、抗弁

仮に、被告に損害賠償義務があるとしても、原告にはその主張するような震動に敏感な本件機械を不完全な防禦装置を施しただけで外部の影響を受けやすい位置に設置した点に過失があり、右過失は、損害賠償額を定めるにつき斟酌されるべきである。

第四証拠≪省略≫

理由

一、≪証拠省略≫によれば、原告が昭和四一年夏当時肩書地において本件機械二台を使用して印刷用カラー原稿の色分解を業としていたことが明らかである。被告が鉄筋会社に対し原告の右営業場所から約二〇メートル離れた東京都新宿区市ヶ谷左内町二九番地に新宿予備校学生寮を新築する工事を請負わせたこと、かつ鉄筋会社が少なくとも昭和四一年八月二〇日から同年九月一六日までおよび同月二一日から同月二四日まで土掘工事を、そして、同年九月九日から同月一六日までおよび同月二一日から同年一〇月四日まで杭打工事を行なったことは当事者間に争いがない。鉄筋会社がその余の期間においても右工事をしたとの点につき、証人江口光平の第一、第二回証言、証人増田伸次の証言は≪証拠省略≫に照らし採用できず、その他右事実を認めるに足りる証拠はない。

二、鉄筋会社の右工事により原告に損害を生じたと仮定して、被告がその賠償債務を引き受けたか否かを検討する。被告と鉄筋会社との間において、原告主張のような損害賠償債務引受けの約定があったことを認定するに足りる証拠はなく、かえって、証人山本喜一、近藤薫明の各証言によれば、原告と鉄筋会社との間の本件工事請負契約において、鉄筋会社が第三者に損害を及ぼした場合同会社が一切責任を負う旨約定されたことが認定できる。

被告代理人弁護士田辺恒貞および高氏佶が昭和四一年一〇月四日東京地方裁判所において申請人原告、被申請人被告および鉄筋会社間の同庁昭和四一年(ヨ)第七八四八号工事禁止仮処分事件審尋に出頭したことは当事者間に争いがないが、右代理人らがその際原告に対し、鉄筋会社が原告に対し負担する右損害賠償債務につき被告が債務引受をする旨の意思表示をしたとの点については、証人大塚功男、江口光平の各証言をもってしてもこれを認定するに足らず、他に右事実を立証するに足りる証拠はない。

三、被告が鉄筋会社に本件工事を注文し又は指図をするにつき過失があったか否かを検討する。

右主張は人証の取調べが終了し訴訟が終結に近づいた段階において提出されたものであるが、この主張に対する被告の認否を求めるためになお口頭弁論期日を重ねる要はなく、またこの主張を立証するためにあらたな証拠調は不必要であるから、右主張の提出は訴訟の完結を遅延させるものとはいい難い。被告の却下申立ては理由がない。

≪証拠省略≫によれば、被告は学校法人であって高等学校、中学校、予備校の経営を目的とするところ、学生寮を鉄筋コンクリート高層建築をもって新築すべく、まず一級建築士山木喜一にその設計を、ついで鉄筋コンクリート建築工事業を営む鉄筋会社に山木の設計にもとづく建築工事を、さらに山木に右工事の監理を、それぞれ請負わせたこと、本件工事現場は関東ローム層という堅い乾燥した地盤に属し、高層建築のため、基礎工事としてパワーショベルで土を四メートルの深さにほり下げ、松杭にかえて長さ二・五メートルないし四メートル直径三〇センチメートルのコンクリートパイル約一五〇本を打ち込まなければならなかったこと、被告は本件工事現場附近で原告が前記のような事業を営んでいたことを知らなかったが、山木に対し右工事のため近隣に迷惑をかけないよう挨拶に廻るべく指図したほかは、山木又は鉄筋会社に対し特段の指示をしなかったこと、山木は鉄筋会社に対し右工事内容にかんがみ、工事現場に震動防止のためシートをかけさせ近隣への挨拶まわりをさせるという措置をとったこと、被告は昭和四一年九月中旬原告から右工事につき苦情を申し入れられると、直ちに山木および鉄筋会社にその旨を伝えて工事の続行等につき原告と協議を重ねさせたことが認められる。

右事実にもとづき考察する。被告は学校法人であって高層建築の専門家ではないから、かような工事を施行させるにつき専門家である山木に設計監理を依頼し、同人の監理下で専門業者である鉄筋会社に建築工事をさせるのは、通常とられる相当の措置である。被告が鉄筋会社に右工事を注文するに際し設計、請負人の選定等に関し過失があったとの具体的事情は認められない。

また鉄筋コンクリート高層建築工事は極めて高度の専門知識技術を要するから、その専門家でない被告においては、前示のように監理者山木を通じて請負人鉄筋会社に一般的指示をなし、原告から苦情の申入れがあったときでも前記のようにこれを遅滞なく山木と鉄筋会社とに伝え、交渉をなさしめこれらの者の責任において所要の措置をとる機会を与えれば足り、山木および鉄筋会社に対しそれ以上の指図をする注意義務があるとはいえない。その他被告において、原告に損害を生ぜしめるような指図を過失により行なったというに足りる事情は認められない。

四、以上説明のとおり、鉄筋会社が損害賠償義務を負うとしても被告がこれを引き受けたと認められず、かつ被告は民法七一六条による損害賠償義務をも負うとはいえないから、損害額について判断するまでもなく、原告の本訴請求は失当であって棄却を免れない。

よって民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 沖野威)

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